【特別寄稿 】香原斗志氏(音楽評論家)による音楽監督 村上寿昭インタビュー


新たな舞台に挑戦するために立ち上げられた東京オペラNEXTとはどんな団体なのでしょうか。音楽評論家の香原斗志さんが、設立した目的、やろうとしていること、既存団体との違い、将来の展望について、音楽監督・指揮者/ピアニストの村上寿昭にインタビューして、聞き出してくれました。

音楽、そしてオペラの世界に、あたらしい地平を開いてくれそうな、いままでにないオペラ団体「東京オペラNEXT」ができた。それは私たち音楽を愛する人間にとって、朗報以外のなにものでもない。では、「東京オペラNEXT」とは、具体的になにをめざし、私たちをどんな地平に連れていってくれるのだろうか。

旗揚げ記念の「オペラ ガラ コンサート」を前に、村上寿昭音楽監督に設立の趣旨や今後の展望を聞き、プロジェクトの全貌が見えてきた。簡潔にいうと、それは次のような場だといえるだろう。

●演奏家がたがいに磨き合い、すぐれた演奏が実現され、音楽でしっかり稼げるようになる場。
●プロの演奏家とアマチュアや一般の人とのあいだの垣根が低くなり、たがいに刺激し合って、だれもの生活が音楽的にいっそう充実するための場。
●コミュニケーションのあり方、響きのつくり方……。日本人演奏家の弱点を解消し、強みに転換できる場。
●こうした取り組みを重ねることで、数多くのよりよい演奏会が提供される場。

以下に、村上音楽監督の言葉をとおして、具体的に記したい。

取材/文:香原斗志(音楽評論家)


<目次>
1.東京オペラNEXTの設立目的、狙い
2.今後の活動
3.既存団体との違い
4.今後の展望。4月30日開催の旗揚げ公演「オペラガラコンサート」聴き所。


1.東京オペラNEXTをあたらしく設立した目的、ねらいを聞かせてください。

村上 東京オペラNEXTという団体には、私たち演奏家が、そして音楽を享受する方々が、それぞれこうであったらいいな、という熱い願いが込められています。

 演奏家に向けては、よりよく演奏ができる環境をつくって、いい演奏を増やしたい。そのためには、日々いっしょに勉強する大勢の仲間がほしいし、一人ひとりがいまよりもっと成長できる環境がほしい。

一般に、大学や大学院を出たら、勉強が中心の生活から仕事が中心の生活に切り替えなければ、という考え方があると思います。でも、じつは、仕事をはじめてからも自分を研鑽して、一生勉強し続けることがとても大事だと思っています。そうしてこそ、よりよい演奏をしたいという向上心も生まれ、結果的に、演奏家はいまよりも稼げるようになります。そのための場を提供したいのです。

そして、一般の人たちに向けては、もっと音楽がある生活を送ってほしいという願いがあります。音楽にかぎらず、文化や芸術は人の心を豊かにし、ひいては健康の維持にもつながります。でも、現状では音楽、なかでもオペラは、私たちの生活にまだそれほど浸透しているとはいえません。みなさんの生活に、音楽やオペラが自然に息づくような社会をつくりたい。東京オペラNEXTがその一助になれば、と願っています。

2.今後、どんな活動をしていく計画ですか?

村上 オーケストラがあって、歌手がいて、指揮者がいて、ピアニスト(コレペティートル)がいるという点では、いままで日本になかった団体です。オペラに関わる人は広く受け入れたいと思っていて、今後の展開次第では、演出家も加わるかもしれないし、合唱団をつくる可能性もあります。

 そして、ゆくゆくは自前でオペラを上演したいと考えています。とりあえずはセミステージ方式を考えています。

 ただ、オペラを上演したり、オーケストラの演奏会を行ったりするだけでは、個々の演奏家の向上心を維持するのは難しいでしょう。そこで、オーケストラのメンバーは室内楽も演奏するなど、音楽に多角的に取り組める場にします。先日も、歌とヴァイオリンの組み合わせで演奏してもらいましたが、たがいに新鮮な刺激を受けたようです。そうすることで、一人ひとりの演奏家が好奇心を育み、「おもしろい!」と感じながら向上していけます。

 現在、歌手のメンバーは、すでに一緒に勉強会を重ねている人たちが20名ほどいます。今後は演奏会の数が増えるごとに、出演依頼をしながらメンバーを増やそうと考えています。有料の演奏会で歌ってもらえる水準であることが最低条件ですね。ただ、国内外ほかの団体に所属していても構いません。ほかと掛け持ちしながら、自由に出入りしてもらえればいいと思っています。イメージは、劇場をもたない劇場のメンバーです。

 オーケストラのメンバーは、すでに60人ほどになります。基本的にフリーの人で構成され、学生にも加わってもらっています。20年後には演奏の中心を担う学生たちに、いまからよい経験を積んでほしいという願いが込められています。将来は日本オーケストラ連盟に加盟できたら、という希望もあります。演奏の受注はすでにはじめています。

 海外から一流の演奏家を招聘してマスタークラスを行う、といったことも実現させたいです。さらに近い将来の目標を語ると、外国人に「日本で音楽を学びたい」と思ってもらえるようにしたい。いろんな分野で、日本で学ぼうという外国人が減っているようですが、音楽の分野がちゃんと頑張って、日本の価値をしっかり高めていきたい。そんな目標を見据えながら、みんなで育っていきたいのです。

 日本に数多くいらっしゃるアマチュアの演奏家の方々と、一緒にできることがないか、ということも模索しています。

たとえば、そういう方々に私たちのサポーターになっていただき、その特典として、レッスンが受けられたり、一緒に演奏できたりするようにする。そうすれば、アマチュアの方々の楽しみが広がり、私たちには刺激になって、ウィンウィンの関係を築けるのではないでしょうか。また、アマチュアの方と交わることで、若い演奏家が世間知らずにならずに済む、という効果も期待できると思っています。

サポーターについては、すでに募集をはじめていて、特典に幅を持たせたいと思っています。会報が届き、チケットが割引になるというだけでなく、いまお話ししたように、ご自身が演奏される方には、私たちと一緒に演奏する機会を提供する。演奏しない方も、オペラの舞台を経験でき、あるいは、リハーサルを見学できる。コンサート後のレセプションに参加できる。そういうことを重ねて、演奏家と聴き手とのあいだの垣根を低くし、音楽が日常のなかに自然にある環境をつくりたい、と考えています。

3.既存の団体とは、主にどこが違うのでしょうか?

村上 演奏家同士がもっとコミュニケーションを取り合える団体をめざします。オペラを上演するとき、歌手とオーケストラの楽員がリハーサル中に連絡を取り合うことは、一般にはあまりありません。オーケストラのなかあっても、たとえば、フルートの1番と2番が相談することはあっても、異なる楽器どうしとなると、意思の疎通は少ないものです。

 それを、もっとみんなで言い合える場にできないか、と思っています。だからオーケストラも、あえて楽員の年齢をバラバラにしていて、若い演奏家はベテランから刺激を受け、ベテランも若い演奏家のみずみずしい感性から刺激を受けられる、という状態をつくろうとしています。そして、指揮者とオーケストラも一方通行ではなく、みんながからみ合ったリハーサルをめざします。

 ヨーロッパの劇場では、しょっちゅう顔を合わせているだけに、仲が悪くて口を利かない、なんていう関係も生じますが、コミュニケーションをとるときに、年功序列という意識はまったくありません。そのように、オーケストラも、歌手も、上下関係とか、教える人と教わる人に分離した関係を排除し、たがいに仲間どうしが交流しながらたがいに育つ、という関係性にしたいのです。

 だから、オーケストラの座席もいまのところ決めずにいます。コンサートマスターも固定せず、リーダーシップがとれる優秀な奏者に務めてもらいながら、その人も、次の演奏会では第2ヴァイオリンを弾いてもらうなど、とくに若い人には、いろんな経験を重ねることができるようにします。

 もうひとつ、日本人の弱点である響きの弱さの解消をめざす、ということを強調しておきましょう。伝統的に、天井が低い木造建築で暮らしてきた日本人には、言語にしても、歌にしても、楽器にしても、身体を共鳴させるという発想がありません。私は留学をふくめて18年間、ヨーロッパのドイツ語圏で暮らしましたが、そこでは響きに対する感覚が当たり前にありました。それだけに、その欠如が日本の弱点だと感じています。

 どうすればこの弱点を解消できるのか、具体的なアプローチについては、これから探っていきますが、前向きに取り組みたいと考えています。

4.今後への展望を聞かせてください。また、旗揚げ記念「オペラ ガラ コンサート」の聴きどころもお願いします。

村上 演奏家だけでなく、聴き手の方々もふくめて仲間を増やし、その密度を高めながら演奏会の回数を増やしていきます。2人だけのコンサートからオペラ公演まで、あらゆる規模の演奏会を行って、歌手もオーケストラも、持てる力を向上させられるようにしたい。プロの音楽家をめざす人たちのためのアカデミーの開催も視野に入れています。

 私個人の目標としては、それが10年後、20年後であったとしても、私たち日本人がオペラを制作し、それを海外で上演したい、というものがあります。《こうもり》を制作し、それをウィーンに持って行ってドイツ語で上演し、ウィーンの聴衆を笑わせたい。そこに到達するのが、私の最終目標です。

 4月30日に開催する旗揚げ記念の「オペラ ガラ コンサート」は、顔見世なので、歌手の出演者を多めにしています。また、NEXTにはオーケストラもあることを知っていただきたいので、伴奏にピアノだけでなくヴァイオリンも加えていて、そこはおもしろい結果が得られると思います。

 また、演奏する曲目については、あえてテーマを設けませんでした。それぞれの歌い手が、いま自分がいちばん輝くと考える曲を歌い、お客さまに聴いていただく。そうしたほうが、この団体の可能性を聴きとっていただけるのではないかと思っています。

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“【特別寄稿 】香原斗志氏(音楽評論家)による音楽監督 村上寿昭インタビュー” への5件のフィードバック

    • 明田様
      うれしいコメントを頂戴いたしまして誠にありがとうございます。
      ご期待に応えられるよう、アーティストメンバー、スタッフ一同精進してまいります。
      どうぞ、引き続き応援の程、よろしくお願い申し上げます!

  1. 素晴らしい活動だと思います。日本でもアマチュアも含め音楽を演奏する層が厚くなっています。オペラも身近に楽しめるようになれば嬉しいです。

    • 有田様
      有難いコメントを頂戴いたしまして誠にありがとうございます。
      オペラを気軽にお楽しみいただけるよう、
      様々な形式での演奏の機会を創出してまいる所存です。
      どうぞ引き続きよろしくお願い申し上げます!

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